最新情報

page : [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]

幼い時に英語圏に行くと変な日本人にならないか?

2012年02月14日
小さい時からAmericaにやって変な日本人にならないか、という心配はもっとも。しかし、ずっと日本の学校に行って日本の大学を出ても変な日本人はいっぱい居る。

電車の中でやおら鏡とMascaraを取り出して化粧を始める日本の女の子は「変な日本人」ではないのだろうか? 酔っ払って電車のPlatformにゲロをしているSalarymanは「変な日本人」ではないと言うのかな? よく立ち小便をする日本人を東京では見かけるが、あれは「日本人的な日本人」として世界に誇れる姿なのか、世界の誰が見ても「変な日本人」ではないと言うのかな? ParisのLouis Vuittonの店に行列を作っているのはまだしも、小便座り(いわゆる中腰)をしている日本の女の子が多くいて、Frenchや他の国の観光客から目を背けられているのも、「変な日本人」ではない、あれが普通の日本人の誇るべき姿だと言うのだろうか?

一方、New Yorkは変なAmerica人がいっぱい居る。Roller Skateで通勤する奴とか、地下鉄で物乞いする奴とか、本当に変な奴だらけだ。しかし、老人が来たら100%席を立っている。立ち小便は見たことない。酔っ払ってゲロをする奴も見たことない。地べたに腰を下ろす女の子は多いが、小便座りは見たことない。

我々は「変な日本人」が二つ居ることに気付かないといけない。一方は、日本では普通だが世界中から見て「変」、他方は、日本では「変」だが、日本外では「普通」というもの。

怖いのは、世界から見て「変」という時に、その評価が大抵は「二度とこいつとは」という最低の評価になることだ。電車の中で化粧する女性や小便座りする女性は世界中からは売春婦と見られる。酔っ払ってゲロを吐く人間は欧米の会社では絶対に昇給も昇進もない。

酒をControlできない人間は無能力者と見られる。立ち小便に至っては逮捕される犯罪者だ。

日本に大学まで居ると「日本の常識」=「世界の非常識」に気付かないでそのまま日本の組織のTopに登り、その人の「日本の常識」の言動に世界中が腰を抜かすHappeningが起こり兼ねない。そうなると国益を害するということだ。

日本のあるTopが航空機Hijackerの要求を呑んで刑務所に入っているTerroristを解放した時に「人命は地球より重い」と発言し世界中が腰を抜かした。世界の常識は「地球は人命より重い」であるからだ。だってそうでしょう。地球あっての人類でしょう。若し言うとするならば「多数の乗客の命はTerrorist数人に代えられない。」と言うべきだった。しかし、それさえも世界の非常識。だってそうでしょう。せっかく捕まえた数名のTerroristを世に放てば、そいつらが次に何百人何千人の一般人を殺害するかも分からない。

昔ある日本のTopが「Iraqで自衛隊員が10人も殺害されたら内閣がぶっ潰れる」と発言し、世界中が腰を抜かした。だってそうでしょう。9.11以降の世界の常識は「世界の対Terrorist対策実行にはある程度の海外派遣隊の犠牲は已む得ない」の中、自分の内閣の命運がTerrorist対策より重要というのではどうしようもない。Topの発言なら「我が内閣の命運をかけてもTerroristには敢然と立ち向かう」でしょう。

AmericaのBoarding Schoolに留学して、このような「変な」ことは身につかないだろう。これは、請け負っても良い。

一方、中学からAmericaのBoarding Schoolに行くと、どんな「変な日本人」になるかというと、英語で喧嘩の出来る日本人、人前や舞台で全く物怖じしない日本人、150人ぐらいのAmerica人の前で英語で挨拶出来る日本人、質問をよくする日本人、主張の強い日本人、創造性独立性の強い日本人、人真似の嫌いな日本人、世界の非常識たる日本の常識が身についていない日本人という「変な日本人」になる。

さあ、どっちを選ぶかだ。

以 上

人類史上初めてBoarding Schoolに入学した人物・・・それはJacob

2011年12月08日
石角完爾が読み解く“おもろい”Hebrew Bible


今週のParashasはParashas Vayetze。 (Bereishis/Genesis第28章)

IsaacとRebeccaの子Jacob(その後改姓してIsraelと言う。)は人類史上最初にBoarding Schoolに入った男である。Parasahs VayetzeのBereshis第28章第10節によると、Jacobは非常に若い時に両親の元を離れたと書かれている。

Jacobが何歳ぐらいの時に親元を離れたかはHebrew Bibleでは書かれていない。しかしJacobは親元を離れて14年間ShemとEberという学園でTorahの勉強をしている。

そしてそのままHaranの地に行き、Labanという全く他人の家に入り20年間の修業をするのであるから、TotalでJacobは34年間親元を離れて勉強したのである。

ShemというのはNoahの大洪水の時の人間であるし、EberというのはBabelの塔の時の人間である。

かくしてJacobは早くから両親の元を離れTorahの勉強を全く他人の家で合計63年間も、いわばBoarding School全寮制の学校に入ってTorahの勉強を重ねたのである。

そして、Haranの地に向かう時に、例の有名な梯子が天井から下りて来て天使がそこを上り下りしている夢を見るのである。

かくしてJacobは神の祝福を受けるのである。それはそれ以前のTorahの勉強の賜物である。しかも両親の元を離れ数十年間勉強した賜物である。

従って親元を早く離れBoarding Schoolに入りTorahの勉学にいそしんだJacobという男に神は祝福を与えた。

このことは何を意味するか?

それは出来るだけ幼い時から親元を離れ、他人の家あるいは全寮制の学校などに入り勉学にいそしむことが神の祝福を受ける前提であるということを意味している。

よく日本の親達は大学を卒業しても子供を手元に置きたがる。かくして育てられた子供は甘え、ひ弱、すぐぶっ千切れる。そして中高年になると自殺という非常にひ弱い存在に育っていく。

私は教育Consultantとして小学生、中学生の海外のBoarding Schoolへの留学の相談を受けることが多いが、多くの場合、日本の親達は「少なくとも高校生ぐらいまでは親元に置いて教育をしたい」と言う。

そしてその結果が今の日本の大人達のような情けない日本人を生んでいるのである。

そういえば江戸時代あるいは明治の頃までは「幼い子には旅をさせろ」という言い伝え、格言や、あるいは「獅子は千尋の谷に我が子を突き落とす」という格言もあり、または「丁稚奉公」ということも行われていた。そういう経験を経て図太い大人に育っていったのが昔の日本人である。あるいはこのHebrew BibleのJacobである。

神の祝福を受けたければ幼くして親元を離れる。これが条件である。但し、2~3歳から親元を離れるまでの間は母親がしっかりとJewishの基本精神及び道徳律をTorahに従って教え込むことは当然であるとされている。

幼くしてBoarding Schoolに入ったJacobは何とReuben、Simeon、Levi、Judah、Dan、Naphtali、Gad、Asher、Issachar、Zebulun、Joseph、Benjaminという12人の男の子をもうける。そして娘を一人もうけるのである。その娘がDinahと言うが、ここでは12人の男の子のことについて話しておこう。

12人の男の子はLeahという妻との間に生まれたDinahという女の子の他に、Reuben、Simeon、Levi、Judah、Issachar、Zebulunという男の子がおり、Rachelという妻から生まれた子供が JosephとBenjaminである。その他に婚外子としてDan、Naphtali、Gad、Asherという4人の男の子をもうけている。

そして、Leviという男の子は神殿の神事を務める人間となり、またJosephは後にEgyptの執政官となりと、それぞれ大変出世したが、それ以外の12人の男の子はIsraelの12部族の長となったのである。

彼らはReuben、Simeon、Issachar、Zebulun、Judah、Dan、Naphtali、Gad、Asher、そしてBenjaminである。そして12氏族の残りの2氏族はJosephの二人の息子Manasseh及びEphraimである。

一説によれば、この12氏族のうち一つの氏族が今のIraqから東に逃れて行き日本にも渡ったと言われている。

私が改宗した動機は私自身が認識しているものを除き、私自身の認識下にあるのは恐らくこの12氏族のうちの1氏族の血が流れているからであろう。

EducationとJudaism

2011年09月16日
EducationはJewishにとり最も重要な義務である。

誰が誰をEducateするのか。

基本的には父がその子供達をEducateする。

何をEducateするのか。Jewish Conceptである。

このことは父親の重要な義務であるとされ、朝に夜に昼に、家に居ても外に居ても子供を教育する義務があるとされている。(Deuteronomy第6章第7節)

またProverbsでは「子供達よ、よく聞け。父の教えを守れ。父から教えてもらったことをしっかり頭に刻み込め。そしてWisdomを、そして物事をしっかり見る目を付けよ。」(物事をしっかり見る目を英語では「Insight」と言う。)(Proverbs第4章第1節から5節)

この父が子供に教えるということが義務化されたのは紀元前1世紀頃Sanhedrinの長官であったSimeon ben Shetahの努力によるとされている。彼が基本的には父の子供に対する教育を一般化させるために小学校の開設を提唱し実際にそれを行った。そしてこの小学校のSystemはJerusalemから全国へと広がっていった。(ちなみに、日本での小学校の義務化は明治になってから)

父による教育は、父が居ない場合には子供に為されない。特にJewish Conceptの教育が重要とされるが、父が居ない子供のためにはやはり小学校が必要とされたのである。これが Joshue ben Gamala紀元一世紀頃のJudaismの高僧の考えであり、これが小学校教育を更に強化することとなった。父が家庭で子供を教える他に小学校に子供を連れて来るように指示したのである。そして、このJoshue ben Gamalaは更に小学校教育を強化するためにJewishの各村、各都市に少なくとも一つの小学校を作り、6歳からの入学を要請した。(Bava Bathra 21-a)

またTalmudに於いても教育の重要性は至るところに謳われている。

例えば、Psalm 105:15では「子供の小学校教育に於いてこそ未来の希望が与えられる。小学校教育のない村は滅びるであろう。Jerusalemが崩壊させられたのも教育が崩壊したからである。」

しかもBereshith Rabbah 65:15によれば、Jewishを攻めようとする者が居ても子供達に対する小学校教育がある限りそれは無駄に終わるであろう、とまで言われている。

そして教師の資格としては何よりも忍耐、Patienceが重要であるとされる。「忍耐のない教師、すぐにいらいらする教師は教師たり得ない。辞めるべきである。」と書かれている。この基準からすれば、日本の教師の一部は「辞めるべきである」ということになる。.

(Avoth第2章第6節)教師が子供を馬鹿にしたりぞんざいに扱ったりする対応が最もいけないとされ、父親以上に教師の方が重要な役割を担うとされている。この基準から言えば、日本の教師は怒鳴ったり子供を馬鹿にしたりとひどい状況がないわけではない。やはり「辞めるべきである」ということになる。

実際Shevuoth 5-aによれば、このようにも書かれているぐらいである。

「もし小学校教育を受けていない者を見つけるということはJewishの村に於いて可能であろうか。そう可能だ。もしその子が誰かに誘拐されてJewishでない家庭で育てられたら。」

言うまでもなく、このJewishの教育とは日本のような受験技術教育ではない。受験技術教育は人格教育ではないからである。受験技術教育は道徳教育ではないからである。受験技術教育は人生に於いて最も重要とされる哲学、宗教、一般教養を教える教育ではないからである。

日本人は小学生から受験技術教育をやっている。ひどい親は幼稚園生から受験技術教育をやっている。Talmudにあるように、このような国は滅びるのである。

もう一度言う。Jewishに於ける教育とはJudaismの教育である。それはJewish Conceptの教育。つまり4000年の歴史を持つJewishの歴史、JewishのWisdom、JewishのConcept、Jewishの道徳律の教育である。この考え方が西洋に於けるLiberal Arts教育に繋がっていったのである。

日本にはLiberal Arts教育は存在しない。受験技術教育だけである。そして暗記教育だけである。このような教育はJewishでは教育とは言わない。

Judaismにとって、そしてJewishにとってHebrew Bible及びその後のRabbi達の研究成果を勉強することは最も重要な日常生活の一部をなしているので、Judaismの学校は土日も休むことなく開かれ、しかも夜も遅くまで開いているのを旨としている。

Classroomは25人制とし、25人を超えるような生徒数になる場合には必ず補助の先生を付けることを旨としている。

教室の机の並べ方は円形を旨とし、日本の小学校や中学で見られるように生徒が一方向を向いて黒板に向かっているというような並び方はしない。

Judaismの教育の目的は、12世紀のSefer Hasidimによると、宗教及び倫理の教育を主目的とすると書かれている。そして次のように言う。

「子供は両親のCopyである。もし両親がDishonestすなわち正直でないならば子供もそうなる。Moses五書の勉強を子供がしたとしても、親が子供に過大な小遣いを与えたり金を与えたりすると、その勉強の成果が邪魔されることになり兼ねない。子供に与える金は出来るだけ少なくするべきである。もし子供があることの勉強に興味を示すならば、そのことを集中して教えるべきである。例えば、ある子供がHebrew Bibleの勉強に興味を示すならば、他の科目であるTalmudのことを教えるべきではない。無理矢理教えてはいけない。もし子供が勉強に躓いている場合には他の子供が居る前でその子供に色々と手助けをしたりしてはいけない。教師は他の子供が帰った後にその子供に特別の補講をするべきである。そうしないとその子供は他の子供に馬鹿にされることになる。」

と書いている。日本の教師は他の生徒の前で出来ない子供をどう扱っているか、想像に難くない。

「鈍重な子供が居てもあまり無理矢理教えてはいけない。他の子供と同じように進歩がなくても、そういう子供も少しずつ進歩をする。そういう子供にはお菓子を与えるなどして勉強に興味を持たせるようにするべきである。」
宗教教育と倫理教育にはいくら金をかけても構わない。それはそのような教育をすることが両親の、そしてJewish社会の一番重要な努めであるからである、とHebrew ScholarのRabbi Israel Al-Nakawaはその本「Menorath Hammaor」で述べている。

Talmud、Megillah 28-bによると、Judaismの考え方についてこれを毎日教えられる者は将来の安寧が保証されると教えられている。そして同じくTalmudのBera’hothの終わりでは、預言者Isaiahが次のように言っているとRabbi ElazarがRabbi Haninaの言葉を引用している。

「全ての子供が神について勉強する時その子供達には平和が訪れる。このことは 今の子供達だけに当てはまるものではない。全ての将来の子供達に当てはまる。平和というものは町の中にあり、そして安寧は人々の住居の中にある。その為には子供の子供、またその子供に十分な教育を施さなくてはならない。」

教育の重要性については12世紀のRabbi Judah ibn Tibbonは次のように自分の息子に語りかけている。

「息子よ、常に書籍を自分の友とせよ。そして自分の書棚こそをお前の財産とせよ。最も重要なものは金貨ではない。書籍である。そして、その書棚の書籍を時には新しい書物で埋めていかなくてはならない。そして書棚は常に順序良く本を並べておかなくてはならない。必要な本がすぐに取り出せるように。そして本を人に貸し与えることを躊躇してはならない。お前の教師を尊敬せよ。」

Jewishの父親というものは自分の生活を切り詰めてもその子供達に十分な教育を施そうとするものである。そして女の子には将来妻となり母となる教育を十分施さなくてはならない。そして特に女の子だからといって倫理、道徳を教えることを怠ってはならない、と言われている。(Talmud、Kethubboth 68-a)

12世紀のJoseph ibn Akninは教師が教える科目について十分な知識と経験を得るように、教師こそ研鑽に努めなくてはならないと述べている。そして生徒を教師はその人生の中心に置かなくてはならないと言っている。(果たして日本にそのような教師がいるのか疑わしい。・・・・Ishizumi Kanjiの思い)

そして、更にこのように続く。教師は全ての生徒をあたかも自分の子供のように思わなくてはならない。教師の何よりも重要なことは道徳律、宗教、哲学といった基本的な倫理で生徒を導くことである。教師は特に忍耐を持たなくてはならない。忍耐のない教師は失格である。

日本の教師達はこの12世紀のJewishの言葉を知るべきであった。日本の一部の教師達は忍耐を持っていないとIshizumi Kanjiは見る。日本の一部の教師達は子供をあたかも自分の子供のように扱っていないとIshizumi Kanjiは見る。

以上

GEOS認定書

2011年08月08日
GEOS認定書

勉強が出来過ぎてイジメに合う不思議

2011年06月28日
ユダヤ人石角完爾は教育コンサルタントとしての別の顔も持ちます。

さて最近大変いつになく嬉しい出来事がありましたのでご報告致します。

今までにJapan Timesから「アメリカのスーパーエリート教育」(初版2000年5月出版 1万部、全面改訂版2010年12月出版)及びPHP出版から「真のエリートをはぐくむ教育力」や朝日新聞出版社から「天才頭脳のつくり方」という本を出版し、またこれらは韓国や中国でも出版され、教育コンサルタントとして活動を、アメリカの認定教育コンサルタントとして続けております。See my website at www.olive-education.com/school/

それは日本のある学校でイジメに遭っていたA君の話。

このA君は知能指数が非常に高く160になんなんとする天才児です。アメリカなら飛び級に飛び級を重ねて4学年ぐらいは他の生徒よりも先に進んでいるところです。現実にアメリカには13歳でスタンフォード大学に入学した女の子もいます。またこの子と同じレベルの知能を持った子のための天才児大学や天才児学校もあります。

ところがこの子は日本の学校で出来過ぎるという理由で、というよりも妬みかも知れませんが、イジメに遭っていました。

日本は出来過ぎなくてもイジメに遭うし、出来過ぎてもイジメに遭う不思議の国です。

私の国ユダヤやアメリカでは出来ない子は皆が助け、出来過ぎる子は飛び級をどんどんして、14歳で大学に入り博士課程に進学したりします。

 そんなこともあり、この子をある国のスーパーエリート学校に日本からお連れしたら、素晴らしい成熟した子という高い評価を受け、面接のその日の夜スウェーデンの私の携帯に校長先生から国際電話があり即日入学が認められました。遠い国への親子3人の旅は大変だったと思いますが、その甲斐があったというものです。

この子はいずれ近い将来Harvard、Yale、Columbia、Stanford、Oxford、Cambridge、 北京大、清華大などの世界のトップレベルの大学に行くことは間違いないと確信しています。その日が楽しみです。

私は飛びきり優秀な子が一人でも多く日本から脱出して海外での英才児教育を受け世界のトップレベルの大学に進学してくれることを願っています。



 その子は、私との面接の時でも、私が両親と話している間に難しい科学の本や事典に目を落として読んでいました。こういう子は日本では

「休憩時間はみな外で遊ぶと決まっているんだ、何をしているんだ。」

と先生からも叱られる有り様です。アメリカ やユダヤでは考えられない日本の先生の対応です。何故ここまで画一を日本の先生は求めるのか? 

 この先生の言葉からイジメが始まったのです。ハッキリ言って、日本のイジメは先生の言葉や態度から他の生徒が「先生が嫌っている子供」と察してイジメが始まることが多いのでは。アメリカでは、このような先生は父兄からすぐに訴えられ莫大な民事賠償訴訟の被告になるでしょう。
 こういう子供は日本では潰され、足を引っ張られ、非常に惨めです。一人でも多くのこういう天才児が日本から脱出することを手助けしたいと思っています。

 天才児は人と違うから天才なのです。他の生徒が先生とよってたかって潰す日本では、全く他と違った生徒だったチャールズ・ダーウィンとかアインシュタインは生まれなかったでしょう。


学問をしたいならば、日本を飛び出して世界の大学のBA(大学院ではtoo late)を目指すべきでしょう。これが教育コンサルタントとしての長い経験を持つ石角完爾の多くの子供達を見てきた目から見ての結論です。

 ユダヤでは人と違うことを民族の誇りとしているし、また個人個人も他のユダヤ人と違うことを誇りとし奨励する。我々ユダヤ人は、日本人は対極に位置する。人と同じことを誇りにし、画一的なことを民族の誇りにし、人と違うものを潰していく日本社会と全く逆のユダヤ社会をユダヤ人として見ていると非常に興味深い。


また私は教育コンサルタントとして別のイジメのケースもコンサルトしました。別のある子供が楽器を習っていたが、その楽器が女性がやることが多い楽器であったので、先生から

「何でそんな女がやるような楽器を習っているんだ。」

とホームルームで言われたことから、生徒が一斉にその子をイジメだしたのです。


ところでその楽器というのはユダヤが起源で、古代ユダヤでは男が奏でることが多かった楽器であるから、なおさら日本社会というかこの子供のイジメられ方が私の注意を引いた。

以上

アメリカWheaton Collegeによる米国Ivy League進学指導特訓コースについて

2011年02月01日
 今年の夏7月18日から8月5日まで、ボストン近郊にあるアメリカの有名なLiberal Arts Collegeでの高校生向けアメリカ大学Ivy League進学指導及び英語特訓キャンプが開かれます。

このアメリカIvy League大学進学指導英語特訓キャンプは私がWheaton Collegeに数年前から相談し、この度Wheaton Collegeの主導により開催される運びとなったものです。

Wheaton Collegeの寮にアジアから100名近い高校生を3週間宿泊させ、ボストン周辺のIvy League(Harvard, Yale, Princeton, Brownなど)のAdmission Officer(入学審査担当室)を直接訪問し、それら大学の入学審査担当者から望ましい生徒像、望ましい合格者の審査基準などについて他では聞けないことを直接指導していただき、また願書、エッセーの書き方等々の指導をWheaton College 担当者からもレクチャーを受けるものです。当然希望進学大学のレベルに合わせた英語の特訓も併せて行います。詳細は添付の通りです。

https://wcweb.wheatonma.edu/upload2/docs/w00125654/esl_2011.pdf

当然私の作った台湾のスーパーエリート・ボーディング・スクールからも多くの参加生徒が予定されています。

希望者は下記までe-mailを下さい。

school@chiyodakokusai.co.jp
info@olive-education.com

<NPOボーディング・スクール父母らの会>
The Foundation for Promotion of Liberal Art & Boarding Education
代表 石角 完爾(千代田国際経営法律事務所 代表弁護士・弁理士)
TEL: 03-3231-8888
FAX: 03-3231-8881

台湾のスーパーエリート ボーディング・スクール進学率報告

2011年01月27日
5年前に私が作りました台湾のスーパーエリート教育のボーディング・スクールの2010年のアメリカ大学進学率をご報告致します。当校の卒業生は下記の大学に合格致しました。またTOEFLで満点200点のところ199点を出した子供まで現れました。



Boston University
California State University - Long Beach
Carson - Newman College
Central Washington University
Colorado State University
Creighton University
Curry College
Iowa State University
Johnson & Wales Universtiy
Marist College
Michigan State University
New York University
Northeastern University
Pace University
Pacific Lutheran University
Saint Louis Universtiy
San Jose State University
Savannah College of Art & Design
Seattle University
Simon Fraser University
SUNY - Binghamton
SUNY - New Paltz
SUNY - Plattsburgh
Stonehill College
University of the Art - London
University of Arizona
Universtiy of British Columbia
University of Calgary
University of California - Davis
University of California - Irvine
University of California - Merced
University of California - Riverside
University of California - Santa Barbara
University of California - San diego
University of Colorado - Boulder
University of Iowa
University of Lethbridge
University of Massachusetts - Boston
University of Oregon
University of Rhode Island
University of San Diego
University of San Francisco
University of Washington
University of West Virginia
Upper Iowa University
Webster University
Western New England College

<NPOボーディング・スクール父母らの会>
The Foundation for Promotion of Liberal Art & Boarding Education
代表 石角 完爾(千代田国際経営法律事務所 代表弁護士・弁理士)

TEL: 03-3231-8888
FAX: 03-3231-8881
school@chiyodakokusai.co.jp
info@olive-education.com


TOPPOINTに紹介されています

2010年11月26日
私が2000年にJapan Times社から出版した「アメリカのスーパーエリート教育~ 独創力とリーダーシップを育てる全寮制学校 ~」の改訂版を本年10月5日にJapan Times社から出版しましたが、それが<Longseller Collection>として書評誌「TOPPOINT」12月号に紹介されています。

2000年に出版した「アメリカのスーパーエリート教育~ 独創力とリーダーシップを育てる全寮制学校 ~」は1万部を超えるこの種の本としては大ベストセラーになりました。そこで10年の歳月を経てさらに詳細かつ綿密な私の足と目と手による現地の200校の学校調査を行い、これらの新しい学校情報も加えさらに充実させた内容として全面改訂版が発行されました。その全面改訂版が「TOPPOINT」に<Longseller Collection>として紹介されていますので、是非「TOPPOINT」のご購入及び私の全面改訂版「改訂版 アメリカのスーパーエリート教育~ 独創力とリーダーシップを育てる全寮制学校~」(2010年10月5日Japan Times社発行)をお読み下さい。

教育関係者、教育に関心を持っておられるご両親の方、学校関係者に広く読まれるべき本であると自負しております。日本の教育とアメリカの教育、そしてイギリスのエリート教育との違いがこの本1冊で十分お分かりになっていただけると思います。

以上

弁護士、弁理士、米国認定教育コンサルタント  石角 完爾

世界で最初に義務教育を始めた国を知っていますか?

2010年11月26日
 このように聞くと、世界史を勉強したことのある人は、プロシア(プロイセン)のフレデリック王だと言うでしょう。確かにそれが正解です。1717年プロシアのフレデリック王は全国民に対して命令を発布し、プロシアの全ての子供は義務教育に服さなくてはならないとしました。ところがその当時のドイツ国民はこれに猛反対をしたのです。それを横で見ていたフランスも義務教育を導入する気配はその後100年以上ありませんでした。さてイギリスとアメリカが義務教育を始めたのは19世紀の末になってからです。

しかしフレデリック王が義務教育を発布したよりもさらに2989年よりも前に義務教育を制度化した民族がいたのです。それが正にユダヤ民族です。

ユダヤ民族はモーゼに率いられてエジプトから脱出した時に、モーゼが「ユダヤの子供たちには全て全員に文字を教えなくてはならない。全員が文字を読めるようにしなければならない。」と命じたのです。

このようにユダヤ人達は人類の歴史で初めて義務教育を導入した民族であると言われています。

フレデリック王よりもさらに遡ること17世紀前、エルサレムがローマに陥落する直前ユダヤの高僧であったジョシュア・ベン・ガムラはユダヤ人達が納める市民税によって支えられ維持されるべき学校制度を建議し、これが実施されました。ユダヤの法典であるタルムードによれば、ユダヤ人の村々でもし義務教育を担当する先生が存在しない村があれば、それはユダヤ人の村とは認めるべきではないとまで言い切ったのです。

このような歴史があったからこそ、中世ヨーロッパの暗黒時代すなわち庶民が全く教育を受けられなかった時代にあってもユダヤ人達は高い学問水準を維持できた訳です。

さらに特筆すべきはユダヤの教育方法ですが、これは世界のどの教育方法とも全く違った特異なものであったのです。

それはユダヤの法典であるタルムード及びミシュナがCritical Thinkingを極めて重視していたことから由来しています。Critical Thinking、すなわち独自の批判的な考え方を各自が持たなければならないとする教育です。


その教育を具体的に行なう方法として、生徒2人が1組になって声を出して議論しあうというダイヤログ方式の教育方法が古代からユダヤ民族では採用されました。これをヘブルタ式教育と言います。ヘブルタ式教育に於いては、良い生徒、すなわち成績の良い生徒とは先生を困らせるほどの質問をする生徒である、そしてその生徒の質問によって先生がより賢くなっていくような質問をする生徒であると言われています。すなわち質問こそ教育の母であるという考え方です。

ところが皮肉なことに、ユダヤ人達が閉じ込められていたゲットーから解放されることと相反して、このユダヤの批判的探究心、批判的思考方法を教育目的とする教育が薄れてしまい、言われたことを丸暗記する非ユダヤの教育の影響を受けるようになって来ました。

これではいけないと21世紀になり、ユダヤ人達はむしろその子供をその国の義務教育の公立学校から引き揚げ、自分達のコミュニティーで作ったユダヤ人学校に入れさせようとする動きが活発になっています。すなわち、その国々の公立教育、公的教育を拒否し、自分達のコミュニティーでユダヤ人の古来からのヘブルタ式教育を受けさせようとする動きです。いわゆる自主的登校拒否をユダヤ人達が始めたのです。

この考え方の背景には、子供は知識を積み込むデータ・プロセッサーではない。この世の中は特にこの複雑及びスピード化した現代にあっては、知識や技能よりももっと重要なものがある。知識や技能を教えるような教育は駄目だというユダヤ人達の親の考え方に基づいているのです。

それではユダヤ人の親達はどういうものがこの世の中、特にこの現代では重要だと考えているのでしょうか? それは、人生に於ける精神的及び倫理的なベースを子供達に教える方がよほど重要であると考えているのです。特にユダヤ人の伝統に根ざした倫理観、そして精神性を教えることがよほど重要である。そう考えるユダヤ人の親達は通常の普通科の学校から子供を引き揚げ、自主的当校拒否をさせ自分達のコミュニティーで作った学校に行かせるようになりました。

ユダヤ人の親達はこの混迷した現代社会にあっては、ユダヤのIdentityを植え付ける教育を子供にすることの方がよほど将来の子供の幸せに繋がると考え始めたのです。自分達のIdentityをしっかりと持った子供の方が自分に対し自信を持ち、自分とは何かということをより深く考えるようになり、その後大学や大学院に進んだ場合に非常にしっかりした学問的成績を挙げることができるとユダヤの親達は自信を持っているのです。

 人と違うようになること、人と違う自分を見い出すこと、その為にはユダヤの伝統的な倫理観と精神性を子供の時から植え付ける必要がある。これがユダヤの親達の考え方です。しっかりとした伝統に根ざした批判的思考能力を身につけること、これがユダヤ教育のエッセンスです。実際こうしたユダヤ教育を受けた子供達は大学、大学院と進むにつれて非常に優秀な成績を修めていることが実証されています。これは何故かと言いますと、自己及び自尊心を確立し、人と違った自信をそれぞれのユダヤ人達が持つからだと言われています。

歴史を遡りますと、こうしたユダヤの独特の教育があったからこそユダヤ人はユダヤ人たり得てきた訳です。ユダヤ的精神性、ユダヤ的道徳、これを世代から世代に受け継がなければユダヤ人はとっくの昔にこの世から消えていたことでしょう。

以上

Uppingham School

2010年10月29日
photo_01
photo_02
photo_03
筆者は2010年10月11日、ロンドン郊外にあるUppingham Schoolを訪問した。ロンドンのターミナル駅の一つであるセント・パンクラス(St. Pancras)から列車で約1時間のところにあるKetteringという地方駅に降り立つ。全くの田舎町である。中世の佇まいを残す町の外には田園風景が広がるのみである。そこからタクシーに乗り約20分、30ポンドの道のりである。セント・パンクラスからKetteringまでは往復で70ポンドである。

このUppingham Schoolは中国にある、ある大銀行の頭取から紹介された。理由はその銀行の頭取がUppingham School出身であるからである。頭取は齢60歳ぐらいであろうか。中国に何十店舗という支店を展開する大銀行の頭取である。

筆者は2010年10月11日、Uppingham Schoolを訪問した。Uppingham Schoolは全英でも極めて稀な全寮制ボーディング・スクールである。全寮制とここで言うのはDay Studentが居ないという意味である。イギリスでもアメリカでもそうであるが、ほとんどのボーディング・スクールはDay Student、すなわち通学生をある一定のパーセンテージ、多いところでは50%以上を抱えている。また、イギリスでは5 days boardingと言って、土日は両親の元に子供達が帰るというボーディング・スクールもある。ところが、このUppingham Schoolは土日も子供達が家庭に帰ることはない。Uppingham Schoolの95%以上はイギリス人、すなわちイングランドから来ている子供達であるが、そのイギリスから来ている子供達も土日に家庭に帰ることはない。そういう意味でイギリスでもこのような完全な全寮制ボーディング・スクールは非常に数が少ないので全英から生徒が押しかけて来ている。だからこのUppinghamに入学するのは非常にCompetitiveである。

このUppingham Schoolに最初に留学して来たアジア人がたまたま私の知り合いであるので、この学校を訪問することにした。そのアジア人は1954年に中国から初めてこの学校に留学して来たアジア人第1号である。その弟もこの学校に留学して来ている。兄の方は中国でも有数の銀行家、弟は中国でも有数の外科医となっている。

この学校は筆者が訪問した日現在で798名の生徒がおり、13歳から18歳まで。共学である。この学校に入るにはかなりCompetitiveな競争をくぐり抜けなければならない。通常イギリス人の家庭ではこういった有名なボーディング・スクールに子供を入れる為には少なくとも2年、普通は3年前からその学校とコンタクトを始め、学校も家庭もその学校を良く知るという意味で何回かの学校訪問を3年前ぐらいから重ねるのが通常である。そのようにして学校側と両親との間で信頼関係が構築出来て初めて入学試験を受けることが出来る。こういう点がアメリカのボーディング・スクールとはかなり趣が違っている。アメリカでは面接、そして入学可否決定と極めて短期間で進むが、イギリスでは平均的に2年前から両親が学校と信頼関係を何度かの学校訪問を通じて構築してから入学が認められる。そこで両親が入れたいと思うボーディング・スクールには2年前、3年前、あるいは場合はよっては4年ぐらい前から両親がコンタクトを開始する。筆者が訪問した時には2011年ではなく2012年の面接が既に開始されていた。すなわち2年先の入学の面接が既に開始されているということである。13歳で男の子90名、女の子60名を採用する。14歳で女の子30名を追加して採用する。

入学試験は英語、数学、そしてインタビューがあるが、入学試験をいつ受けるかは両親と学校が相談して決める。

日本人の場合には数学はともかくとして英語が問題であるので、両親が学校とよく相談し、英語の試験を受けるぐらいのレベルに達した時に試験を受ける。それが入学の2年前でもいいし1年前でもいい。通常はPrep Schoolと言われる予備校に入学し、こういった有名ボーディング・スクールの受験に備える。そのPrep Schoolで十分に英語を叩き込まれる。Prep Schoolといっても英語だけではなく全科目を教えるので心配はいらない。日本から来る場合には10歳ぐらいにイギリスのPrep Schoolに入学して英語を叩き上げておく必要があるであろう。

この学校はイギリスでも最も古い創立年月日を誇っており、1584年の創立である。

現在香港から約10名が来ている。アジアからの留学生で一番有名なのはスタンレー・ホーである。スタンレー・ホーは香港きっての財界人である。日本人は現在1名しかいない。

この学校の特色は何と言ってもMusic Departmentである。音楽関係の先生が何と56人おり、15台の個人ピアノレッスン室、バイオリン、その他の弦楽器は全て個人レッスンが用意されている。あらゆる楽器を個人レッスンで教えている。

Choirのチームだけで6チームもある

また語学教育にも力を入れており、ヨーロッパの言語はほとんど全て教えられているのみならずロシア語及びマンダリンも教えている。バイオリンの先生だけで5名の先生がいる。また面白いところでは自動車工場という校舎があり、そこでは子供達が自動車を作っている。

1対1のExtra Helpも可能である。従って、Struggleする場合には1対1の個人教授も可能である。

この学校は生徒は全員学期の間はキャンパス内の寮に住む。また寮には必ず寮長たる先生及び2名のアシスタントの先生が寮に住んでいる。寮自体は15の寮がある。それぞれがHouseと呼ばれている。従ってこの学校は現在60人の先生が生徒と寝起きを共にしているということになる。

また、この学校では約5%から10%の生徒がDyslexiaであり、Dyslexiaに対しては学校を挙げて取り組んでいる。

この学校は制服制であり、男の子はブラック・ジャケット、グレーのズボン、ネクタイを着用することが義務付けられている。

またITのクラスルームもあり、アートセンターというクラスルームもある。アートセンターではありとあらゆるアートが教えられている一つのビルがアートセンターになっている。またスポーツセンターもあり、スポーツセンターではアーチェリー、スカッシュ、ジム、バスケットボール・コートがあり、マーシャル・アートとしては空手、柔道がある。

また宗教学部があり、あらゆる世界の宗教が教えられている。政治学部ではあらゆる政治科目が教えられている。

この学校は9月3日に学期が始まり6月30日に終わる。3学期制である。男女共学であるが、無論女子の部屋に男子が入ることは出来ないし、その逆も入れない。各女子寮、男子寮のコモン・ルームまでは異性生徒が入れる。

この学校の特色は、今やイギリスでも少なくなった各寮に食堂が付いているというシステムにある。従って、この学校は15の寮があるから15の食堂を持っている。一旦その寮に配属されると、卒業までの5年間はその寮で過ごす。ハリー・ポッターにあったような寮システムである。全員がその寮の食堂で食事をする。寮の食堂があるということは寮ごとに厨房があるということである。昼食はかなりフォーマルであり、各テーブルに先生が着く。朝食と夕食は着席自由となっている。筆者は昼食を生徒らと共にした。

授業料及び寮費込みで28,000ポンドである。

この学校はフランスの学校とExchange Programがあり、フランス人の生徒が常に数名来ている。

生徒はラップトップは持ち込むことが許されていない。全てのラップトップは学校から提供される。学校提供のラップトップには全てインターネットのサイトへのアクセス・コントロールが付いている。

消灯は9時45分から11時の間であり、上級生ほど消灯が遅い。下級生1年目は相部屋である。相部屋と言ってもベッドが20名ぐらいのコンパートメントに分かれた一部屋の中に板で仕切られた一人用のベッドがズラッと並んでいるという感じである。但し勉強部屋は個室となっている。

休みはOctoberに2週間、クリスマス休暇が3週間、Februaryに1週間、Aprilに3週間、Mayに1週間、夏休みが9週間である。その期間は寮から出て行かなければならないので、多くはホスト・ファミリーたるGuardianの家に泊まったり、本国に帰ったりする。土曜日にも当然授業がある。

この学校の特色は、寮ごとに先生たるHouse Masterがおり、その下に4~5名のTutorたる先生が付く。各寮にTutorが付いているのである。Tutorは1週間に一度夕方の6時から夜の11時まで寮に来てくれる。そして勉強を個別の生徒のニーズに合わせて個別教授をしてくれるのである。筆者が会ったHouse Masterは40台の男の先生であったが、何と筆者と同じ弁護士である。しかも全世界的に有名なリンクレーターズ(Linklaters LLP)というイギリスの大Law Firm(弁護士数が数千人)のビジネス関係の弁護士をしていた経歴の持ち主である。彼はケンブリッジの歴史学部を出て、その後法科大学院で2年間で弁護士資格を取得、その後10年間は弁護士業務をロンドンの大Law Firmであるリンクレーターズで行なっていたが、転職して現在はこの学校の歴史の先生をしている。

生徒は同じHouseに5年間住むことになるので、Houseの中、すなわち5~60人の上級生、下級生のグループは極めて連帯感が強くなる。各Houseの中には寮長たる先生の補佐をするHouse Mistressが住んでおり、色んな形での生徒の相談に乗っている。

Philosophyのクラスもある。

この学校では年間13回から14回Musicのオーディションがあり、オーディションにパスするとスカラシップがもらえる。その他にAcademic Scholarshipもある。この学校はアート、Music、学業、スポーツを全般的に力を入れている。

イギリスの有名なボーディング・スクールではスポーツに力を入れる男子校が多い中では音楽、芸術、スポーツに均等に力を入れている学校と言える。

筆者が会った日本人はXX県のXX市の公立小学校5年生の時にイギリスに来て現在Uppingham Schoolの3年目であったから、イギリス生活は5年目になる。彼は現在美術、演劇、哲学、倫理を選択している。イギリスの大学入試では人柄、面接、やる気で決まるので、将来はOxford、Cambridgeを狙っていると言っていた。彼の両親は数学者であり、両親とも大学教授である。両親が「日本の教育では駄目だ。個人を大切にする教育を受けさせたい。」ということでイギリスのボーディング・スクールに小学校5年生から来ているという。彼によれば、確かにイギリスの教育はクラスルームは全てDiscussion方式で進んでおり、自分の意見を言うことが授業では大切であるという。宿題もエッセーで自分の意見を書くという宿題がほとんどである。美術とか演劇でも「これをやれ」ではなく、「これを元に自分の何かを発表しろ」という教育方針である。この学校ではアメリカのHarvard等のIvy Leagueを受験する生徒も多くいるという。Discussion方式であるから、ScienceでもMathでも答えが重要ではなく、答えに辿り着く生徒独自のやり方を見つけることを尊重するという。

彼はOBHというPrep Schoolから来ている。OBHはサフォークにあるOld Buckenham Hallという学校である。

シャーボーンにはシャーボーンの語学学校があるが、これは夏の間のみである。シャーボーンは有名なボーディング・スクールであるが男子校、女子校別々になっているので、こことは違う。

イギリスのボーディング・スクールに入るにはGuardianが必要である。3年生から4年生に行く時に全国共通のテストがあり、それで一定のレベルを取ることが進学の条件となっている。但し、一定のレベルと言っても自分が翌年度に選択する科目を中心に一定のレベルを取るということであるから、数学が嫌いであれば数学の成績は低くてもいい。何故なら進級後は数学を取らなければ良いからである。

House対抗競技というのがあるが、ハリー・ポッターで見るような激しい対抗戦ではなく、合唱やミュージカルの対抗戦といったものである。

この学校ではHistory Tripというのがあり、歴史の勉強を兼ねてヨーロッパ大陸やアメリカに修学旅行に行く。今回はドイツの東西分裂という研究テーマでドイツに行った。またアメリカの独立というテーマで来年はフィラデルフィアに行くという。

この学校では音楽関係だけで200のクラスが用意されており、Choirだけで6つのグループがある。

中国にはこの学校の卒業生が香港を中心に120名居る。Friends of Uppingham in Hong Kongという同窓会組織も存在する。

なお、私が会った日本人生徒のe-mail addressは●●●●●@uppingham.co.ukである。

以上

アメリカのスーパーエリート教育/全面改訂版出版のお知らせ

2010年09月28日
全面改訂版出版のお知らせ

2000年に私がJapan Times社から出版した「アメリカのスーパーエリート教育」(こ の種の本としてはベストセラーになり第6刷まで行きました。)の全面改訂版がこの 度Japan Times社から出版されました。店頭に並 ぶのは9月25日、Amazon.comで買えるのも9月25日です。初版出版以来約10年の歳月 が流れましたが、その間私が教育コンサルタントとして米英のボーディング・スクー ル及び学習障害児の為のボーディング・スクールを約200校近くこの足で見学し、校 長先生とも会い、Admission Directorとも会い、授業にも参観し、克明な現地調査を 行なった記録を踏 まえ、アメリカのスーパーエリート教育、イギリスのスーパーエリート教育を紹介し たものです。

ページ数も大幅に増え335ページとなり、Indexや学校のDirectoryも充実させまし た。恐らく米英の書籍でもここまで詳しくしっかりとボーディング・スクールを紹介 し、論じ、詳細な調査をした書物はないであろうと自負しております。

日本の教育及び教育界の方々にとっても有意義な本であると思います。

また10年後に全面大再々訂正版を出す予定でおります。

以上


Prep Schoolとボーディング・スクールの違い

2010年09月24日
Prep Schoolは全米の名門私立有名校で進学校である。ボーディング・スクールは全く違うコンセプトで運営されている全寮制の規律と社会人形成、共同生活を重視した24時間教育校である。

Prep Schoolは全てDay School、つまり通学校である。これに対してボーディング・スクールは全寮制、もしくは一部通学生がいる学校であり、基本的に教師も生徒もキャンパス内に住み24時間教育を行なうというものである。

両者はよく混同されているが、Prep Schoolとボーディング・スクールとは全く違う学校である。

 さて、2010年5月のアメリカの新聞によると、Prep Schoolの順位付け、名門Prep School Top 20が発表された。注目すべきは、1位がマンハッタンのUpper WestにあるTrinity Schoolであるが、この学校はStudent Teacher Ratioすなわちどれだけ少人数教育をしているかということについての学校の素晴らしさの一つの指標であるが、6:1である。これはボーディング・スクールの指標にほぼ匹敵する。Trinity Schoolでは生徒6人に対して教師一人が付くのである。言葉を代えて言えば、1教室生徒6人という少人数教育をやっている。また、ボーディング・スクールでは当然のことだが、Trinity Schoolでは教師の約8割が修士または博士号を取得したスーパーエリートの教師を揃えている。そしてEndowmentは4,000万ドルを超えている。これはDay Schoolとしてはトップの金額である。

マンハッタンのUpper Westとはどういうところか? Upper Westとはマンハッタン島の中の北の方でセントラル・パークの西側の地区である。基本的に西側の地区というのは125丁目から56丁目ぐらいの間を言うが、その中心地がちょうど真ん中の80丁目、ユダヤ人のコーシャ・フードを売っているゼイバーズのある辺りである。この辺りにユダヤ人のシナゴーグ(礼拝所)が無数存在し、またJewish Community Centerも72のアムステルダム通りに存在する。この辺りを歩いているのはほとんどユダヤ人である。そのUpper WestのTrinity Schoolが全米で1位に選ばれた。いうまでもなく生徒の大半はユダヤ人である。そしてこのTrinity Schoolからは生徒の約42%が過去5年間で全米トップの10位に入る名門大学に進学しているのである。その他、リバーデールにある「ホーレスマン」が2位に、4位には「ブリアリー女子校」、7位にはCollegiate School、9位にはSpence School、11位にはChapin School、13位にはDalton Schoolが選出されているが、この7校はいずれもユダヤ人が集中して住むマンハッタンのUpper East又はUpper Westサイドに位置しているのである。

こういうこともあり、Harvard大学のCollegeの学生の約30%はユダヤ人であると言われている。

以上

最近の成果

2010年09月24日
教育コンサルタントでもある石角完爾はこの9月からお二人のお子さんをアメリカのボーディング・スクールに無事入学していただくことが出来ました。一人は台湾の日系人のお子さんで、私が創った台湾にあるスーパーエリート・ボーディングスクール(中国語と英語のバイリンガル教育を行なっている全寮制中・高校)からアメリカの西海岸にある、これもまたスーパーエリート・ボーディングスクールに転校されました。

もう一人は日本のある著名財界人のお子さんです。このお子さんは全く英語がゼロですが、いわゆるLearning Differenceすなわち日本の小学校の普通の授業が大嫌い。小学校の先生も見放すほどの学校嫌いでした。授業には全く関心を示さないものの、私が聞いたところでは非常に特殊な才能を持っているようでした。そこでこういったLearning Difference、日本では学習障害児と訳しているがこれは間違い、学習差異児と訳すのが正しい。こういう学習差異児は日本では対応できる先生も能力も施設もプログラムも全くありません。あるのはアメリカとイギリスだけです。他のヨーロッパにもあるかも知れませんが、私は調べがついておりません。私は教育コンサルタントとしてこういう学習差異児(日本では障害児と言う)を今まで何人もアメリカまたはイギリスのボーディング・スクールに入学させて着ました。このお子さんも無事アメリカのボーディング・スクールに入学が認められました。恐らく英語が全くゼロ、ABCしか読めないお子さんでしたが。6ヶ月後には何の不自由もなく教室で英語で発言していることでしょう。そして、その特殊な能力をますます開花させ、特殊能力分野では立派に能力を認められてその方面で一流の人間になって行くでしょう。しかし、こういうお子さんは日本では東大、京大はおろか早稲田、慶応などの一流校には合格出来ないでしょう。何故なら、学校嫌いで学校には全く出席していないのですから。

石角完爾先生一時帰国記念講演会講義録

2010年08月06日
石角完爾先生一時帰国記念講演会講義録

アメリカの先進教育から学ぶ 
天才頭脳のつくり方
ボーディング・スクールとは何か


ある日本のスーパーエリート校にて


司会:・・・・・・と思います。先生の1時間半の講演、ボーディング・スクールのディスカッションということでお話がありましたので、お話をしまして校長の方から対談形式で質問というか議論をしていただきます。適宜、会場におきますし、是非口をはさんでいただいて、途中でも手を挙げて頂ければ指名しますので。ではよろしくお願いします。校長、お願いします。

校長:そうしましたら、十分皆さんの意見を解決しているかどうか分からないけれども、質問をしながら石角先生からのお話も更に詳しくお伺いしたいと思います。先生方の方も適宜ありましたら、一つ手を挙げて頂いて突っ込みを入れていただきたい。(どんどん突っ込みと批判を頂いて・・・)最後に言われた部分で、日本の教育ではCritical Thinkingは出来ないという風に断言されたのですが、その辺りを、要するに限界性というものは、先生の本の中でも「日本ではボーディング・スクールは出来ない。」実際には出来なかったし、台湾で創られたということが紹介されていましたけれども、日本の教育の歩みというものをどんな風にお考えになって、その限界というか、大雑把に概略を先生の目から評価して頂いたらどんな風になるのか。ちょっとご紹介いただけたらと思います。

石角:僕は教育大附属中学から洛星に行って京大に行っているわけです。とにかく日本史と世界史と、あの頃は数ⅡのAまであった。それから地理があったでしょう、受験科目で。もう覚えることが中心だったです。Critical Thinking、とんでもない。そんなことはやっていないです。だから質問なんてやっている時間はなかったですね、授業でも。大学に行って司法試験を受けて、あれも京大の教授が自分の作った教科書をほとんど丸読みして、それを必死でノートにとって、我々生徒が何年間もかかって作ってきた「この教授はこういう問題を必ず出すんだ」という予想問題集を入手して、それを丸暗記して。ということで大学生まで終わっています。どこでCritical Thinkingの教育を受けたかと言ったら、多分ゼロだと思います。問題の所在が分からないんです。僕の大学の時の弁護士になっている友人でイギリスの弁護士で、Oxfordで弁護士資格を取ってOxford大学を出た弁護士がいるんです。僕のFirst Nameはカンジと言いますが、「カンジ、お前は大学でどんな教育を受けたんだ?」と言うから、「いや、商法を受けて憲法を受けて、それで刑法を受けて、こういう教育を受けた。」と。そうしたら「お前、それは大変だな。」と言うわけです。「そんなに暗記してきても法律というのはしょっちゅう変わっているだろう。」現実にそうなんです。もの凄く変わっている。国会で300本ぐらい法律が毎年通るわけです。「これから弁護士を40年やるのに、毎年追いかけるのは大変だな。それに比べて俺はOxford大学で一切そういう勉強をしていない。法哲学と法理論と原理原則を勉強した。だから法律がどれだけ変わっても基本的なものの考え方と、法が考えるJusticeはこうだ、正義はこうだ、という基本視点がずれていない。だからカンジは可哀想だ。」と言う訳です。そういう基本視点というか「Justiceはかくあるべし」ということを全然勉強していないから一生追っかけなくてはならない。現実になかなか追っかけられなくなって、もう今の法律の・・・・なんか全然分からない。だから若い弁護士さんに任せなければしょうがない。でも問題は、そういう教育をしていると、OxfordだとかCambridgeだとかアメリカのHarvardで、ああいう教育を受けてきた奴らとなかなか対等に渡り合えない、という感じがしています。

Critical Thinkingということから言えば、司法研修所で受けた授業はその反対であった。例えばこういうことがあった。ある家に泥棒が入った。警察官がその近くで盗品を持っていた男を捕まえた。その男は「これは友達から預ったものだ。」と弁解した。このような事案についての判決起案の裁判研修で、私は憲法の原則に従って「疑わしきは被告人の利益に」という立場から無罪の判決起案をしたら、研修所の教官から大変叱られた。「こういう被疑者の弁解を信用するようでは立派な裁判官になれない。2年間の研修を受けて必ず有罪判決が出せるようになって戻って来い。」と言われた。ここではCritical Thinkingの授業は全くない。議論も受け付けない。「かくあるべし」ということを研修所の教官が要求し、そうなるように教育されるだけであった。最も自由な議論を重んずるべき国家の最後の砦である司法に於いてすらこうである。

マイケル・サンダースというHarvard大学の有名な授業で、この間ヒラリー・クリントンがHarvard大学に来た時にその講演の教室が一杯になるかと思ったら、マイケル・サンダース教授の授業の方がいつも満席で全然生徒が減らなかった。クリントンの方は閑散としていたと言われるぐらいにもの凄く面白い授業があるんです。それがいわゆる討論型の授業です。例えば、「妊婦がその子供を出産させると母体が危ない。そういう時に君が産婦人科の医者だとしたら、子供を助けるのか、お母さんを助けるのか?」という議論をやるのです。他にも色んな議論をやっています。例えば、「腎臓がもうほとんど機能を停止している。一方に於いて中国に貧しい農家の人がいる。腎臓を提供して売りたい。じゃあ、これを仲介するビジネスを君が始めた場合にそのビジネスは倫理的か? 儲かるからといってそういうことをやって良いのか?」それで学生は「いや、腎臓病が悪くなって命を失う人に腎臓を提供する。提供した人はお金をもらえたらいいじゃないか。どこが悪いんだ?」という風な議論をする訳です。これがやはりCritical Thinkingの基本だと思います。こういう授業を僕は受けてこなかった。だから日本でも冤罪が多いのではないかと思います。ユダヤの法の基本原則で「自白ほど信用できない証拠はない。」日本で僕が受けた法学教育は「自白は証拠の王様だ。」こう習って来た訳です。ユダヤは「自白ほど信用出来ない証拠はない。」こういう二つの違いが世界であるんだということについて、何で僕の受けた司法研修所で議論する教育を受けなかったのか。これは今思うと何かおかしかったのではないかなという気がします。

校長:そういうCritical な、色々な問いを立てて議論していくという教育でも、なおかつ、それでも問いに考えていく為に必要な知識はいる、という議論があります。その知識をしっかり積み上げていくことで初めて論理的な思考のもとが形成されていくんだということも根強くあると思いますが、それとの関係で、今おっしゃっていることはどんな風に理解していったらいいのか、というのが質問です。知識とCritical Thinkingとの関係ですね、それはどういう風にお考えですか。

石角:うーん、僕は基本的にCritical Thinkingは知識が邪魔すると思うんですよね。何故かと言うと、今の校長先生の質問は非常に難しい問題で、恐らく知識教育や知識を学校で教えられると、そこで終わってしまうのではないかなという気がします。大化の改新は600何年だとか、そうではなくて、原典を読んで聖徳太子の17条の憲法は、歴史の先生がいらっしゃったら教えて欲しいのですが、現存するのですか? じゃあ現存しないものを、教科書であたかもあるように書いているのは良いのか、という授業をアメリカのボーディング・スクールだったらやるんです。それはアメリカのボーディング・スクールの授業というのは原典主義だから。その実際の史料を、歴史の・・条件を見せて「君ならどう思う、歴史を評価するか」という授業をやっています。だから、17条の憲法、604年、憲法第1条 「和をもって尊しとする」とか何とか色々書いてあるけれども、それを覚えて何になるか。でも、ここにいらっしゃる先生方で17条の憲法の原典を見た方はいらっしゃいますか? 多分いない。614年に書かれた法華義疏の原典を見られた方はいらっしゃいますか? 我が国のBibleだと言われています。聖徳太子が「国の宗教は仏教だ」と定めた、その仏教の経典の直筆の法華義疏、614年に書かれたのを見られた方はいらっしゃいますか? 皆さん方の学校の授業で法華義疏を現実に使って授業をしておられますか? 何故聖徳太子が仏教を国教として定めたのか、その彼の狙いは何か、そういう授業をしておられますか? というと多分してないだろうと思います。でも実際に歴史学を勉強する時にそれをやらないと面白くないでしょう。そう思うんです。だから知識は僕は70%ぐらいはCritical Thinkingの障害になるだろう。実際に17条の憲法は現存しません。日本中探してもない。あの文章はああいったことが書いてあったということを史実として立証するものもないのです。なのに、現に聖徳太子が17条の憲法を作って我が国最初の憲法で、明治憲法までの間ずっとあれが我が国の憲法だったのです。と言われていますが、実際どうだったのだろうかという風に考えていくのがCritical Thinkingじゃないかと思います。だから僕は、70%ぐらいは知識を覚えることはCritical Thinkingの邪魔になるのではないかという感じがします。この辺は皆さんには反対意見はあるでしょう。

校長:例えば、まあ社会の方は問題がありますが、先ほどの「アマゾンで新種の生物が発見された。どんな生物か」と言った時に、アマゾンの生態系なり環境について基本的な知識がないと論理的に出来ないというのがありますよね。そうすると、その為の知識をどうやって、そうしたら獲得して行くのか、あるいは獲得させていくのか、ということの上では知識は不可欠なものだという。そういう気もするんですが、その辺は?

石角:そうですね。あのアマゾンの試験を出したWilliston Northampton Schoolのその生物の授業で1年間やっていたことは、実際僕の娘がその授業を取ってその試験問題を受けたから知っていますが、1年間ゴキブリの飼育だけをやっていたんです。それで期末試験があれなんです。うちの娘も全く面食らっていました。本当に。要するにダーウィンの進化論というものを勉強していないと、多分あれは良い答えを書けていないと思います。突拍子もない「空想上の生物を発見した」なんて書いたら多分零点だと思います。やっぱりアマゾンの密林で進化する生物の新しい新種の発見だから、メチャメチャなことは書けないはずなので。そうするとダーウィンがガラパゴス諸島に行った発見した、それと他の大陸で見た鳥、ハチドリ、その口ばしの形状がこういう風に違っている、と。ダーウィンの「種の起源」などを読んでいないと書けないと思います。まあ、Take Home Examだから、9時に試験問題をもらってすぐにバーッとネットで検索して、ウィキペディアを写して出したら多分退学になっている。うちの娘はさすがにやらなかったので良かったのですけれども。まあ、2時間か3時間ぐらいはウィキペディアとネット検索で午前中は使って、午後1時ぐらいから答案を書いていたのではないかと思います。先ほどの校長先生のお話で、知識というのは学校で勉強するのではなくて問題が出た時にネットで検索すれば良いのではないか、という風に僕は思います。ただウィキペディアが信用できるものかどうかということは更に検証されなければならないので、だから原典主義でなければならないと思います。しかし、知識というのは問題が起こった時に検証して、それでアクセスすれば十分じゃないかなと思いますけど。

校長:いかがですか。今の?

AA:お話を聞いていて、凄いCriticalな人だなと思っています。日本の教育制度そのものがそうなったら、日本人もまあ、ああなるんじゃないかなという風にCritical に思ってしまう。(笑い)どれぐらいの日本人がアメリカのボーディング・スクールに行っているのかという現状を知りたいのが一点。もう一つは、日本人の気質がありますね。アメリカ人のような気質と日本人の気質とでは遺伝学的にもちょっと違うということもあって、日本人は割と保守的で新しいことにチャレンジしないような気質を持っていると言われていますが、日本人にとって、それでもやっぱりボーディング・スクールという形が良いのであろうか、ということも考えます。日本人で日本の教育を受けて行かれて、そういう道筋を何か、別の道筋が何かあるのではないかと思ったりしたのです。私の感想なのですが。

石角:一つ前に戻ると、Military Schoolというのが僕が勧めているボーディング・スクールなんです。日本だと絶対に駄目だと思いますが、要するに退役軍人が校長先生以下全員教師なのです。このTexas Military Schoolは、僕がテキサスに行った時に見学して来ましたが、ここの第一期卒業生の銅像が建っています、バーンと2メートルぐらいの。それがダグラス・マッカーサー。だから、我々日本のOccupied Japanの内閣総理大臣だった人です。それを輩出したボーディング・スクールです。そこではどんなことをやっているか? 後で映像をお見せしますが、ありますが探すのが大変なので。生徒の制服は軍服です。それから生徒のクラス単位がGazetteとか何とか言っていまして、小隊と呼んでいます。食事に行く時も全員制服で掛け声をかけて行きます。テーブルに着いても全員がこうやって後ろに手を回して、小隊長が声をかけるまでは着席も出来ない。こういうMilitary Schoolがアメリカで40校ぐらいあります。アメリカの不動産王のドナルド・トランプを皆さん知っていますか? あのトランプ・タワーをマンハッタンでいっぱい作った。彼はNew York Military Schoolを出ているんです。自分がMilitary Schoolでしごかれたのが嫌だったので、息子と娘達は他のボーディング・スクールにやっていますけれども、Military Schoolというのは面白いです。規則がもの凄く厳格です。僕の息子もMilitary Schoolに入れましたけれども、とにかくベッド・メイキングのチェックがもの凄くうるさい。シーツをミリ単位でそろえてないと。それでWhite Glove Testといって、先生がいつ自分の部屋に入って来るか分からない。そのときに靴がちょっとでもずれていると、「今日は食事抜き」とかやるのです。このMilitary Schoolがアメリカではもの凄い人気です。僕もこのMilitary Schoolの卒業式に行きましたけれども、親がもの凄く感激する。生徒の卒業式なので軍隊行進で生徒がダーッと入ってくる。卒業生だけは100頭ぐらいの黒馬にまたがってサーベルを下げて出て来る。それを親たちはビデオで録ったり必死にやる。これは何を言いたいかというと、この規則ずくめの中身こそ実はCritical Thinkingの教育は芽生えて来るということです。それは何故かと言うと、規則、規則の生活を送っているから、子供達はやっぱり何かに反発しようとしてくる訳です。知識の詰込み教育をやりませんから、そうなるとスポーツだとか授業での活発な発言だとか、そういうものになってくる。だから鉄砲を撃つ実技もありますが、そこで勉強することは鉄砲を撃つ思想を勉強しているのであって、標的に当てることを勉強している訳ではないのです。そういうことをまた先生も教える。射撃の授業の狙いは、正にCritical Thinkingであって、正確な射撃ではなくて、何の為に我々は鉄砲を撃つのだという思想を勉強している。だから、そういうことを授業で話をする訳です。これがそうです。Texas Military Schoolの制服です。Junior Reserve Officer Training Centerとか、こういうのが張り出されていて、これは射撃訓練場です。実弾の射撃訓練を毎日やります。ダグラス・マッカーサーが第一回卒業生です。Admiral Farragut Academy、これは海軍の退役軍人達の創っているMilitary Schoolです。僕が行った時に、これは若き10年前の私ですが(笑い)、生徒達に囲まれています。これが毎日やる軍事行進の風景です。一応生徒達も鉄砲を担いでいます。このようにアメリカのボーディング・スクールというのは各種各様です。親が選べる、子供達も選べる。だから転校も普通です。「こんな学校は気に入らない。」と言えば転校する訳です。

BB:一つ質問していいですか。こういう教育も一つあるのかなと思いながら、何かちょっと違和感も感じています。日本の中で教育されてきたということも勿論ありますが、一方では確かにマスコミとかメディアとか、そういう害悪から逃れて山の中で教育することは純粋培養で非常に良いと思いますが、その後社会に出なければいけないですよね。その時に社会性はどうやって身に付くのか? もう一つは、エリートが集まってエリートのコネクションによって多分生きて行くのでしょうけど、そういったエリートだけが生き抜くというシステムが本当に多様な世界を作っていくことが出来るのかという疑問がある訳です。それについてはどうお考えですか?

石角:このHigh Mowing Schoolは授業の一環として織物の科目を設けています。この科目を何故設けているのかと聞きましたら、今まさにそのご質問の答えなんです。多様な生徒を作って行くために多様な科目と多様な工芸の科目を用意している。だから、親が自分の子供はこういう学校の教育方針に従って学校に行って育ってもらいたいと思えば、その学校を選べるわけです。

BB:じゃあ、お金持ちで?

石角:そうです。だから最初の問題ですよね、「教育にお金がかかって良いのか?」という問題に戻って来る訳です。だからお金があれば多様な教育を選べる。学校が多様だから選べる訳です。それと、そういう中で育って純粋培養された子供達がどういう大学生活を送っていくのか? ほとんどの子供達はアメリカのCollegeに進んでいます。進学率は98%ぐらいです。ご承知のように、アメリカのCollegeはペーパー・テストも勿論やりますけれども、Admission Office方式ですから多様な生徒を入れるわけです。その時に、こういう先ほどお見せした織物の科目を選んで凄い織物を作ってきた、というような生徒もクラスルームの中に1人いた方がいい。日本から来た留学生も1人いた方がいい。僕はHarvard大学のAdmission OfficeのDirectorと何度も話をしていますが、彼が言うにはクラスルームは出来るだけ多様な方がいい。同じ学校から同じような教育を受けて同じような生徒が来て、Discussionが出来ないクラスルームにHarvardはしたくない。だから多様な生徒が育って行くわけですから、そういうCollegeにも入れる。そこで多様な人間と皮膚の色の違う人間と全く違った家庭背景でクラスルームでDiscussionしたことによって、社会に出て行っても多様で変化の激しい社会にcatch up出来る人間が育っていくのではないかというのがアメリカのボーディング・スクールの考え方です。お金がかかる。それは仕方がないですね。そこはもう割切りの問題だと思います。確かにそうなんです。5万5000ドルというのはアメリカの本当の上流家庭でないと負担できない。だけれども、アメリカのボーディング・スクールにはFinancial AidだとかScholarshipがもの凄く充実している。良いボーディング・スクールになればなるほど充実していますので、全校生徒のうちの3分の2はScholarshipを受けています。授業料が全学免除のScholarshipか、あるいは2分の1免除のScholarshipとかいう形で入学して来る子供もかなりの数にのぼっている。だからお金持ちだけが入れる学校ではない、ということも言えます。

それから教育に金持ちしか行けない教育があって良いのかということについて日本の先生方はずい分否定的な意見が多いようだけれども、それは根本的に間違っていると思いますよ。何故なら、それを言いたいならば、「新幹線のグリーン車はやめろ」と言うべきだし、「トヨタ自動車がレクサスの高級車を作るのをやめろ」と言うべきだし、「マンション業者が億ションを売るのもやめろ」と言うべきではないですか。そんなことを言うならば一番公平であるべき病気の治療につき差額ベッドがあることについて徹底的に批判すべきなのです。国立、公立病院ですら差額ベッドがある。一日何万円もの差額ベッドがある。それについて何故文句を言わないのですか? 住む所も乗る列車も運転する車も金持ちでない人も貧乏人も皆同じ車、同じ列車、同じマンション、同じ病室であるべきだという考えに至るべきではないですか。そのところの矛盾を指摘しないで学校教育だけが金持ちの学校があるのはおかしいと言うのは矛盾していませんか。そんなことを言うなら共産主義の中国で金持ちしか入れない学校が林立している状況を何と説明するんですか。少人数のクラスルームを維持していく為には当然授業料は高くなる。日本だってそうでしょう。授業料が公立の授業料の何十倍もする私立学校が林立しているのではないですか。そういう私立学校に対して批判しないで、何故アメリカのボーディング・スクールだけを批判するのですか。矛盾したことを言わないで頂きたい。そういうことを言うならば、国会議員の議員会館を何十億もかけて改築すること自体を批判するべきなのです。無駄な所にどれほど無駄な金が使われているのか、この国では。それを批判するべきでしょう。金持ちが自分の財布から自分の子供の教育の為にお金を出して何故悪いのですか? いいですか、ボーディング・スクールに子供を送っている親というのは国に対して依ったり、たかったり、頼ったりは一切していませんよ。ボーディング・スクールも国に対して依ったり、たかったり、補助金を要請したりも一切していませんよ。1円も政府の金は入っていない、1円も税金は入っていないのですよ。全部自己の費用、自分の財布からやっている訳ですよ。自分の財布から高いものを買って何故悪いのか教えていただきたい。そんなことを言うならば、ヴィトンのバックを買う日本人を批判するべきじゃないですか。そんなことを言うならば、一流のホテルで食事している日本人を批判するべきじゃないですか。自分が稼いだ金をどのように使おうがそれは自分の自由じゃないですか。こういう考え方があるからおかしいんですよ、日本では。

そういうことを言うならアメリカのStanfordもHarvardも全部同じような批判の対象にならなければおかしい。あなた方が言うように金持ちしか入れない学校だと言うならばHarvardもStanfordもまさにそういう学校だ。HarvardとStanfordをあなた方は否定するんですか。HarvardとStanfordの授業料が一体UndergraduateでもGraduateでも幾らかご存知なんですか。何もかも入れて6万ドルから7万ドルですよ。飛び切り高い授業料だ。じゃあ、彼らのやっている教育というのが否定されるのですか。HarvardとStanfordが世界の教育界に今までどれだけ貢献して来たと思っているんですか。こういう批判をもっともらしくする人がいるからこそ日本の教育界は世界から取り残されているのだということを十分認識するべきです。

CC:外人の教師の場合は基本的に・・・・・・・・(聞き取り不能)・・・

石角:人種のパーセンテージは非常にボーディング・スクールは配慮しています。有色人種で一番多いのはアジア系です。その中で一番多いのが韓国。その次に多いのがChinese。香港だとか台湾だとか中国本国からも色々来ていますし、日本人は有色人種の中では一番少ないです。特に少ないのが日本の男の子。ボーディング・スクールに留学している日本人の留学生は女の子が多いです。人種の割合は全校生徒の20%が留学生。ヨーロッパから来ている子供もいますし、アフリカから来ている子供もいる。残り80%はアメリカ人の子弟です。勿論留学生だけで全校生徒を埋めるということも出来る訳ですが、そこはボーディング・スクールの経営者としてはやりたくない。それと語学教育ですが、中学1年生からボーディング・スクールは大体6言語ぐらいの科目を用意しています。ラテン語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語、日本語。Spanishはほぼ共通言語です、アメリカの。英語とSpanishはもう基本言語ですから、その次に第3言語として何を学んで行くか。日本からの留学生だと日本語と英語が出来ますから、3番目の言語として何を選ぶというのを中一で選ばなければいけない。僕の息子はSpanishをやりました。イギリスは小学校から6言語ぐらい教えています。ラテン語、フランス語、スペイン語、まあ英語は基本ですけれども、それに中国語とかロシア語だとかドイツ語だとか。だから小学生ぐらいからの多言語教育がイギリスのボーディング・スクールの基本です。アメリカは小学校のボーディング・スクールというのが非常に数が少ないので中学からですが、多言語教育が基本です。その時に記憶力というよりも、どちらかと言うと会話力を中心にやっていますから文法とかはあまり教えていないです。クラスルームの中もDiscussion方式ですから、自習でやりますね、そういう文法だとかは。クラスルームは全くのDiscussionです。

DD:質問していいですか。素晴らしい写真を沢山見せていただいてありがとうございます。途中でDead Poets Societyの映画の一部が出ていましたが、あの映画は好きで何回か見たことがあるのですが、あの映画の中では必ずしも全ての生徒達がボーディング・スクールに対して厳格とかに魅力を感じて、そうした中で成果を挙げている訳ではないような内容だったように思うのですが、・・・に入ったり、エリートになったりというようなボーディング・スクールの魅力というのはよく分かったのですが、何と言いますか、ボーディング・スクールには課題というのは全くないのでしょうか? 例えば、そうした教育に疑問とか不安を抱える生徒には体罰とか退学を与えてそれで終りということになってしまうのかどうか。例えばボーディング・スクールではない日本の高校が、例えば一つの学校で勉強の出来る子もいれば勉強の出来ない子もいる、私達の学校でボーディング・スクールから何を学んだら良いのか、ちょっとまだよく分からなかったのですが、そういった課題とか魅力を教えていただきたいなと思ったのですが。

石角:この映像を出しているHigh Mowing Schoolというのは、市販の教科書を一切使わない学校なのです。これは生徒達が作った教科書なのです。生徒達が作った教科書をこのHigh Mowing Schoolは次から次へと充実させていって教えている。ここに入れたお子さんで、それが合わないという子供もいる。それで今の質問に対する答えですが、オプション。この学校に何もこだわる必要はない。転校すれば良い。だからその学校でFailすれば他の学校に行けば良い。私は教育コンサルタントとして随分転校の相談には乗っています。日本の留学生で、あるボーディング・スクールに行ったけれども全然合わない、変わりたい。簡単に転校できないような状況でその学校を止める子供に関しては私が台湾の実業家と創った台湾の学校に行って頂いた。そこからアメリカのCollegeに直接受験しているとか、そういう子供たちが沢山いますから。要は、その学校でその子が開花しなければ他の学校に行けば良い、そういう解決方法です。だからボーディング・スクールは自分達の好きなような教育プログラムを提供している訳です。だから皆さん方が銀座とか河原町に行ってレストランを回るようなものじゃないですか。ここの飯が不味ければ他のレストランに行こう。それが一つの解決方法で、私はそれがいいんじゃないかと思います。一つの学校に入学したらずーっとそこに居なければいけない。でもそこが合わなければその子はどうなる? その先生が合わなければどうなる? その担任の先生、慶応の幼稚舎だと担任の先生が付いたら6年間その先生がずーっと付く訳でしょう。ではその先生と合わなければどうするんですか? 父兄がその先生と喧嘩したらどうするんですか? 合わない時はどうするんですか? だから社会に入ったら上司が合わなければ止めるとか何か方法が幾らでもある訳です。じゃあ教育の現場にそういうオプションがあった方が、というのがアメリカのボーディング・スクールの考え方です。だからやめるのも親の勝手、やめるのも生徒の勝手、やめさせるのも学校の勝手。その代わり幾つもの学校があります。ボーディング・スクールの授業料が払えなければパブリック・スクールに行けば良い。パブリック・スクールの授業料を払うのも嫌だと言えば家で教育すれば良い。Home Schoolerというのはアメリカで200万人ぐらいいる。そういう子供たちがどんどん大学に進学している訳です。私の考えは、教育とはオプションがなければならない。新幹線に乗る時にグリーン車もあれば普通車もある訳です。トヨタが作っている車もあれだけ車種がある。じゃあ何故教育にもっとバリエーションとオプションを持たせないのか。ああいう教育が嫌だといえばこういう教育もあるというバリエーションがなければ。日本というのはバリエーションが非常に欠乏した国だと思います。そういう中でボーディング・スクールに出て行く日本の子どもたちがいるのは、これは当然だろうと思います。それが成功するかどうかは分かりませんよ。分からないけれども、女の子が多いということは一つの解だと。日本の社会はやっぱり女の子に対して十分機会を保障していない社会だからだと思いますね。だからボーディング・スクールの留学生で日本の大学に帰るのは男の子の方が多いです。高校で2年間行って帰って来る。昔は帰国子女だという言葉を使って東大だとか早稲田とか慶応の湘南キャンパスだとか皆よく通っていました。あるいは上智だとかICUだとか。でも最近はあまり行かない子が多くなってきた。

EE:全然違う質問ですが、ボーディング・スクールの質を維持するための何か仕組みみたいなものはありますか? 他の言い方で言うと、何かボーディング・スクールを結ぶ何か研究会のようなものがあるのか、Professional Developmentで出て来ると思いますが、教員の繋がりだとか、もしくは学校を通じた世界があるのか。それをProfessional Developmentを行なえるような仕組みがボーディング・スクールの中にあるのか。そういう点はどうでしょうか。

石角:教育学部を出てボーディング・スクールの先生になりたい大学生というのは沢山います。何故多いかというと、まずPayが良い。それから住宅の心配がない。三度の食事が提供される。自分の子供達が就学期になれば無料で無償で入学させてくれる、そのボーディング・スクールに。だから就職先としては非常に良い。それとサバティカルがあるでしょう、博士論文を書ける訳です。博士号を取れるチャンスは恵まれている。それはボーディング・スクールの先生になりたいという人はかなり居るわけです。ボーディング・スクールは350校しかないから教師の数も限られているから、かなりCompetitiveな職場です。授業料が高いから先生方へのPayが良い。Payが良いから全米から優秀な先生が集まって来る。こういう循環が潰れたのがリーマン・ショックです。でもリーマン・ショックの後でも授業料はそんなに下がっていないです。それは、リーマン・ショックで被害を受けたのは英米のいわゆるDead Poison Society、いわゆるカード社会で多重な債務を抱えた人達がクラブの・・・・・ですけれども、そうでない社会もいっぱいある訳です、全世界に。その証拠に中国系が今もの凄く経済的に、ボーディング・スクールに送れるだけの家庭が恐らく400万世帯とか500万世帯が中国で生まれてきている。その世帯達がボーディング・スクールに送りたいということになれば、恐らく全米で350校あるボーディング・スクールは全員中国人にしてもまだ足りない。だからボーディング・スクールの経営基盤のマーケットは全世界にある訳です。アメリカがリーマン・ショックで潰れたら、中国がある。シンガポールがある。シンガポールの経済成長率は今は二桁でしょう。シンガポールは元々英語が母国語だから、アメリカのボーディング・スクールに行きたいという生徒はいっぱい居ます。元々シンガポールはイギリスの植民地だからイギリスのボーディング・スクールに行きたがりますよ。だから教育も一つの産業なのだから、マーケットを世界に求めようとしているのがアメリカやイギリスのボーディング・スクールです。僕はそれは当然の帰結だと思います。それとボーディング・スクールというのはいわゆる学校債を出しています。ボンド。ボーディングスクール・ボンドです。ボンドを出すためにはボーディング・スクールの色々な検査、審査を、いわゆるボンドを引き受ける証券会社から受けなければいけない。その検査の項目というのはもの凄く厳格で3日間ぐらいの検査を受ける訳です。それで初めて起債が出来る。起債が出来ると40億とか50億の単位のお金が入ってくるので、それで校舎を直したりする訳です。だから、こういう起債のマーケットもWall Streetを始めとしてアメリカでは整備されています。ロンドンでもそうです。だから本校でも当然起債が出来る、出来ていないとおかしいし、現実にやっておられるのではないかと思います。そういう形でボーディング・スクールの経営基盤というのは長い間の淘汰で強化されて今残っているのが、そういう意味で成功したボーディング・スクールだと思います。

司会:他にいかがですか?

FF:最初にCritical Thinking、その力、そのパワーというか、それを日本的な教育でない・・・・・・・・ところをもうちょっと・・・・・・・アメリカなどで支持されている最大の理由というのは、アラカルトである、日本的に考えると・・・・・ということになるのですが、そこをもうちょっと分かりやすくという3点。

石角:このMeeting Schoolを見て下さい。これは生徒が牛の世話をしている。この学校に入ると牛の世話を毎日やらされる訳です。なんでこの学校に父兄が殺到するのか? それは全米で2億3000万人の人口の中で牧畜業をやっている家庭だって沢山ある訳です。そうすると家畜の世話を通じて、息子達や娘達がこういう子供に育ってもらいたいと思う親はある一定の比率でいる訳です。そういう親にオプションを提供するのがこのMeeting Schoolなのです。他にも色んな学校、Military Schoolとかご紹介しましたね。野球ばかりやっている学校、スキーばかりやっている所もある。オプションの提供というのがボーディング・スクールの基本的な目的です。こういうオプションで提供された多様な人間が社会全体としてCritical Thinkingの大きなマスを作っていく訳です。多様なオプションの学校群がないと、皆さん卒業生が同じような卒業生が出て来るとなると、その社会というのは一つの種だけで構成された社会になる危険性がある。それが国家経営の非常に大きな問題で、是非本校は特殊な学校になってもらいたい。もの凄く頭の良い人間ばかりが出て来る、あそこの卒業生は。しかし、10年後、20年後、30年後の日本社会で、そういう特殊な変わった人達が居るということが、これから必要になってくるんじゃないかと思います。だって今の自民党も民主党も任せたところであまり変わらないでしょう。だけど「みんなの党」にどれだけ国民の期待があるのか? 彼、渡辺喜美はやっぱり変わっているんです。自民党がまだ政権を取っていた時に辞めたんです。そういう人間が出て来るような教育が必要だ。あれは、だからエリートですよ。リスクを取れる人間がエリート。だから是非リスクを取れる人間を教育してもらいたいという感じがします。その為には教育は出来るだけ多様でないと駄目。学校の中の多様性も勿論必要だけれども、学校自体が多様でないと駄目。このWeb Schoolというのは考古学の研究ばかりやっている、ロサンゼルスの郊外にある学校です。この学校の高校生の書く考古学の論文は全米の大学の先生からも評価を受けているぐらいの高レベルの論文です。ここに逸話があります。レーガンの息子が入ったんです。1年で退学処分になっています。ナンシー・レーガンが何とか退学処分だけはさせまいとして色々動いたけれども、毅然とした対応をしています。それが面白い。Web School、考古学では本当にハイレベルの学校です。だから多様性こそCritical Thinkingの親です。単一性あるいは画一性がCritical Thinkingの阻害要因です。多様である為にはどうすれば良いか? 一つはプレイジャリズム(Plagiarism)に対する徹底した取り締まりと規則と退学処分です。人のものを写す、そういうのは多様性の邪魔だと私は思います。他に何かご質問。これがWilliston Northamptonのゴキブリを1年間飼育した勝手な授業です。後ろに先生が居ます。ここに居る女の子が私の娘です。

GG:先ほどのスライドで科学教育のスライドがありましたね。今日本では科学技術がすごく進んだ中で理数嫌いということが問題になっていて、それを今の新しい学術の進歩を支えていくような子供たちに育てて行くということが課題になっていますが、ボーディング・スクールの中の理科教育、科学教育というのは、それこそ多様でレベルもすごく高いものが沢山コースとして設置されていると思いますが、その辺の科学教育の特徴的な点、進んでいる点、その辺をご紹介いただけたらと思います。

石角:アメリカのボーディング・スクールで遺伝子解析をやっている授業があります。そこはシリコンバレーのベンチャーと提携して、バイオ・ベンチャーと提携して、そこの設備を借りているのです。そういうバイオ・ケミカルだとかバイオ・エンジニアリングの方向に進みたい学生は、やっぱりそういう授業をどんどん取れるというのでもの凄く興奮しています。高校生レベルでかなりのエンジニアリングが出来るのです。それはベンチャーと提携しているからです。そういう産学共同ではないけれども、産学提携を日本の本校でもやっても良いと思いますよ。京都だって色々とベンチャーがあるのだから。そういう子供というのは日本でもアメリカでも一定割合で居るんです。もの凄く特殊な分野で特殊な才能を持っている子供は必ず居るんです。それを伸ばしてやるものを提供するクラスルームやAP、Advanced Programのコースがあった方がいいでしょう。その子供は他の授業は全く全然駄目ですよね。英語などはほとんどFぐらいに全然駄目だし、社会科も全然駄目だけれども、バイオ・エンジニアリングだけはもの凄く出来る。じゃあ、その子は日本の大学受験だと多分駄目でしょう。受からないんじゃないですか。チャールズ・ダーウィンもそうだったし、アインシュタインもそうだったんです。中学、高校もほとんど他の科目は駄目だけれども、彼は数学と宇宙物理だけは無茶無茶出来た。ダーウィンは生物だけ出来たというか、ダーウィンはほとんど昆虫採集で授業に出ていないのです。でもケンブリッジの生物の教授が才能を見い出して彼の研究室に入れたのです。それでその研究室であのビーグル号という船に乗せる特典を与えた為に、彼は「種の起源」を書いたのです。あれが普通の日本の学校だったら、彼はもの凄く駄目生徒です。他の科目が全然出来ないのだから。ここに書いていますように、12歳の女の子がCollegeに入る。それで僕はいいと思うんです。ある特殊な分野に才能のある子供というのは、人口が1億2000万人もいる日本だとかなりの割合で混じっている。その才能を伸ばしてやることを学校は提供する。ある学校が。本校が出来なければ他の学校が提供すれば良いのです。そうすれば日本全体として非常に活力のある社会になっていく訳です。だから、どこに行っても同じ教育だということは、そういう特異な才能を持った子供達が成長しない。全科目平均的に出来なければ東大に行けない。それでは東大生は何か基本的に同じような金太郎飴になってしまって、それで皆が財務省に行って同じようなことを考える。それでは国が誤る可能性だってすごく多いのじゃないですか。だから、エリートというのは多様な教育の中でしか出て来ない。チャーチルだって変わった人ですよ、あの人は。ラグビー校という非常に多様な教育をやった学校で育っている。それはその時代に必要とされた指導者が育っている。今の世の中ではいらないですよ。今のイギリスにはトニー・ブレアみたいな、ああいう俳優的な弁舌の爽やかな人がいいかも知れない。イートンを出たキャメロンみたいな人がいいかも知れない。でもあの第二次世界大戦のあの時にはチャーチルがいった。でも、それを生み出したのはラグビーというボーディング・スクールなのです。トニー・ブレアもそうです。スコットランドのボーディング・スクールのフェティス・カレッジ、しかも見い出した先生が偉かったのかどうか知りませんが、彼をシェイクスピアの演劇部に入れたのです。それで政治に開花した。そういう多様な先生方が居て多様な教育を24時間つききりでやる。こういう教育がやっぱりあって良いだろう、指導者を生むためには。指導者というのは国会議員になるとか、内閣総理大臣になるとか、社長になるとか、そういうことではなく、ある分野で特殊な才能を開花する。それが社会に対する貢献ではないか、僕はそう思います。

GG:その各分野のリーダーというか、子供達に求められる中でのNoblesse Obligeということを先生の本の中にも紹介されていますが、全人格的なものを考える時に倫理観であったり人間的な素養を鍛えるという点での共通する努力といったものは、様々な多様なボーディング・スクールの中でもやられているということでよろしいのですか?

石角:はい。ボーディング・スクールの授業で必ず非常に充実しているのが、この哲学、宗教、倫理教育なんです。日本では例えば仏教教育ってやっていますか、本校で? あるいはキリスト教の旧約聖書を教えていますか? いや、僕は知らないけれども、教えているならそれは良いことです。アメリカのボーディング・スクールではこういう授業があります。ヒンズー教、仏教、儒教、道教の比較研究だとか禅の研究だとか。企業活動に於ける倫理の研究、それから医学と倫理。これは全部実際のボーディング・スクールの授業の科目から取って来ました。社会とカルト、非暴力主義とその理論と実践とか。こういう科目が20科目ぐらい用意されている。何もこれをやったところでアメリカのアイビー・リーグの受験科目にある訳ではないのです。だけどもボーディング・スクールではそれを提供している。何もアイビー・リーグに入れるのがボーディング・スクールの目的ではないですから。こういう倫理教育を施して、少しでもこういうものに触れていってもらうのがボーディング・スクールの目的なので提供している訳です。でもそういうものを勉強していれば、お医者さんになった時に、分娩誘発剤を自分の恋人に処方したりするような医者が生まれる可能性は少しでも減るのではないでしょうか。違いますか? 私は何の為に医者になるのだ、ということをアメリカのMedical SchoolのAdmission Officeでは一番そこをエッセーで書かせる訳です。自分は何故医者になりたいかということを書かせる。そのエッセーが感動出来るものであればMedical Schoolに受かるけれども、成績優秀者が必ずしも受からないです。僕の娘がHarvard Business Schoolに行きましたけれども、彼女のエッセーで「何故ビジネスを通じて社会貢献するか」ということを一生懸命エッセーに書いて、それで認められた。だから彼女のBusiness School Admission Testの成績は決して良くない。ColumbiaとかHarvardとか受かるレベルではないです。GPAも一般的にHarvard Business Schoolに受けるようなGPAではないです。GPAは知っていますよね、Grade Point Average。アメリカのCollegeはもの凄くそれが重要です。でもそういうレベルじゃない。Harvardは3.9とか要求しますが、彼女は全然それに届かなかった。でもビジネスを通じていかに社会貢献するんだ、というエッセーが良かった。それで受かった。そうすると、Harvardの卒業生がBusiness Schoolを出て非倫理的なことをやっていないとは言えないけれども、HarvardのProfessorの口から「Decent Business」「Decent ・・」ということを盛んに聞いて育って来たBusiness Schoolの卒業生達は少しはましなことをやるんじゃないかと思います。「Decent」とは要するに「倫理的な」という意味です。

司会:時間が迫ってきましたが、どうですか、もう何人かに絞られますが。

HH:・・・・・・しているのですが、生徒の引きこもり。国際的な引きこもり。・・・日本の中では問題になっていて、中国では留学生が・・・・・・・海外に出て行く、戻らずにアメリカに・・・・・・・・日本は例えばHarvardに9名しかいっていない、大学生が。ボーディング・スクールには日本の男子が少ないということをおっしゃいましたが、何故こういう形になっているか? 勿論リスク・・・・しないということがあるのでしょうが、何かそういう理由とかどういう風に育てていったら良いのか、前向きな外向きなことでものが見える生徒がどのようにしたら育つのか、非常に興味があるのですか? 何か助言とかご意見があれば。

石角:非常に根本的な質問で、ボーディング・スクールに行った女の子は帰って来ない可能性が非常に高い。僕の娘も帰って来ないし、多分息子も帰って来ない。頭脳流失など、僕は頭脳とは思っていませんが、何故そうなのか? 一つは、やはりオプションが多様なんです。僕の娘がアメリカのOccidental Collegeで心理学を専攻して日本に一時帰国して来ました。それでこうゆう会合で発言して、ある有名な会社の会長さんともの凄い喧嘩になったのです。その時にどういう話題で喧嘩になったのかと言うと、「アメリカのCollegeでは授業中にサンドイッチをほうばることは当たり前だ。デスクの上に靴を乗せるのも当たり前だ。トイレに行くのも当たり前だ。」そうしたら、その会長さんは「アメリカではそんな教育をしているのか。規律というものが日本では重要なんだ。最低限の規律がなければ教室なんて成り立たない。企業もそうだ。だから、そういう教育を受けた奴は日本では通用しない。」と。それで大議論になったのです。それで彼女はどう言ったか? 「足を乗せてもいいじゃないですか。重要なことは何ですか。授業の内容を理解し集中することではないか。だからサンドイッチをほうばって何が悪いのですか?」という考え。アメリカに行くと大体こういう考えになります。重要なことは、授業の内容であり、自分の考えを発表することであり、Critical Thinkingをして良いエッセーを書くことだという実績主義になっていく。なかなか日本の社会に合わない。日本の社会で重要なことはお辞儀の仕方や、お辞儀の角度やその時の手の置き方とか、そういうことが重要です。社会に入ってもそうです。電話の受け答えの仕方、敬語の使い方、謙譲語の使い方、もの凄く重要でしょう。僕は電話で呼んでいても、自分の身内に敬語を使う女性がいたら僕は注意しますけれども、けれど日本ではそういうことが非常に重要だけどアメリカではファースト・ネームで呼び合う。こんなネクタイをしてたりしたら、かえっておかしい。だから合わなくなってくる。帰って来ないと思います。

FF:日本の男子が外に出ないという・・・・

石角:男子は女子と違って身分保障がありますから。就職率も良いし、会社に入ってもある程度の地位までいける。女子は総合職でもどういう使われ方をしているんですかね、僕は疑問だと思います。いくら総合職で商社に入っても銀行に入っても、子供を妊娠する、育児休暇を取る、それは今の労働基準法では職場に復帰できます。けれども、1年間育児休暇を取っている間に他の男子職員がそのポジションを取っている。そういうことを考えると、やはり日本ではなかなか女子が男性と対等にやって行く職場は少ない。ハッキリ言って、僕らの時代に弁護士だとか裁判官だとか、最近は女子の検察官も沢山いるけれども、そういう場所です。資格でやっていく以外にない。なかなか一般の企業では難しい。そういうことを彼女達は知るから、アメリカにそのまま残ってしまうのです。それが日本にとって良いのか? これは根本的に考え直さなくてはいけないと僕は思います。就業人口がどんどん減っている。少子化だ、少子化だ。今の社会保障制度だってこれだけ人口が減ってくればとても維持できない訳です。その前にやることがあるんじゃないですか? 女子を何でもっと登用しないんだということです。国会議員の数だって少ないし、女子の大臣だって数が少ないし、まして上場企業の女子の社長・・・・(テープ替え)・・・・・・というのは、女子の社会進出が最も進んでいる国です。北欧三国など、まさにそうです。京大の法学部でも成績優秀者はほとんど女子でしょう。研修所でも成績優秀者は上から全部ほとんど女子です。何故それを登用しないのだと、僕は思います。だから男子はアメリカに留学してもほとんど帰って来る訳です。実にここが居心地の良い社会だからです。女子にとってはそうではない。だからボーディング・スクールを女子が選んでそのまま帰って来ないというのは、彼女達にとってオプションがある。でも問題は、そういうボーディング・スクールにやれるのが歯医者さんのお嬢さんだったり、お医者さんのお嬢さんだったりしてしまうところが、お金のかかる教育があるということで、それは確かに問題です。でもアメリカのパブリック・スクールに日本人は留学できないから仕方がないのです。パブリック・スクールに入学する為にはアメリカ国籍を持っていなければ駄目です。だから日本人は行けない。じゃあ、プライベート・スクールに行けるかと言ったら、いいですか、アメリカは全部スクール・バス・システムですからね、両親が自家用車で送り迎えするか、スクール・バスに乗せられる距離に両親が住んでいなければ駄目なのです。だから日本人の場合にはアメリカのプライベート・スクールに入学させることも出来ません。娘が「日本の学校は嫌だ。」と言って行けるのは唯一ボーディング・スクールしかないのです。全寮制だから親がここに居ながらやれるのです。オプションはこれしかない。他に何かご質問がありますか?

校長:時間が迫って来ているのですが、まとめ的にメッセージとして頂きたいのですが。日本の学校そのものが全体としては共通して画一的だと言われる部分があります。Bottom up型の教育として、日本全国制度として出来上がっていると思います。それが、こうした世界のボーディング・スクールとか様々なIndependent Schoolとかの形の教育で生み出されている生徒達と、本当に等しく平等に言いますか、対等に競争したり、あるいは協力し合ってやっていく力を、我々の学校では国際的に通用する力という風な形で言っていますが、そういうものとして育てて行こうと思ったら日本の社会の中にどういう、最低限これとこれとこれはやっておかなければ、そういうことはとても出来ないんだよ、そこまで世界の教育というのはどんどん進んでいて、日本の教育のここの改善がなければ、これから日本としても社会的な活力も失っていくし、子供たちの未来も非常に狭まれた選択になっていくし。そういう風な形で、今の日本の初等・中等教育、高等教育も勿論あるでしょうが、そこが今打破しなければいけない、打ち破っていかないといけない課題はどういうものなのかを幾つかメッセージを頂けたらと思います。

石角:もう1にも2にも3にも、10まで全部英語です。絶対に英語教育です。これは中学1年からでは遅い。絶対に遅い。小学1年から毎日2時間ぐらいの英語教育がないと駄目です。なんで英語なのか? 今からご説明しますが、ウィキペディア。あれをクリックして下さい。日本語のウィキペディアで同じ項目を英語でクリックしたら出て来る情報量は10倍違います。ということは、何もWikipediaに限らないです。MedicalでもLegalでもどんな分野でもそうです。英語で書かれた情報の方がはるかに精度が高くて深くて量が多い。それはコンピューター社会になった必然の結論です。だってインド人や何かがエッセーを書く場合に何語で書きますか? 中国人がエッセーを書いて研究論文をNatureに発表する時に何語で書きますか? それに我々はCompeteして付いて行かなければいけない。中国人であれインド人であれ、シンガポールでもスリランカでも、優秀な研究成果というのは全部英語です。そうなったんだからしょうがない。それはいかに早くネット上の英語を読むか、そして自分がネット上に英語え書けるかということです。その能力を子供達につけてやらないと。もうInternational Competitionですから。日本を誰もかまってくれません。いいですか、皆さん。ギリシャがあんなことになったけれども、ギリシャはEUという仲間があるから救われているのです。ドイツ人が「くそーっ」と思いながらもギリシャを支援しています。あれは仲間だからです。我々日本を誰が支援してくれますか? 日米安保協定があったところでアメリカが支援してくれるという保証はまったくない。ましてや財政危機に陥ったら誰が支援してくれますか、この日本は? 必要なのは、世界にCompeteしなければいけない訳だから、英語です。財産的価値は全て英語で書かれているからです。富を生むのも全部英語なんです。マイクロソフトのコンピューター言語は日本語で書かれていますか? プログラミングは英語でやるでしょう。スマートフォンと言われているものは全部英語のソ

イギリスのスーパーエリート校に見る幼児期に於ける多言語教育について

2010年05月14日
 イギリスのスーパーエリート校の一つであるDragon School (Oxford所在)では小学生から毎日フランス語とラテン語を教える。イギリスでは母国語が英語であるから、いわゆる3ヶ国語同時教育ということになる。

 何故ラテン語を教えるのか? ラテン語はラテン系の言語であるスペイン語、イタリア語、ギリシャ語の基本であり、ラテン語を勉強をしていればこれらの言語は極めて修得が容易となるのみならず、ラテン語は西洋に於ける教養の基本言語である。現代アメリカ英語でもラテン語は多く多用されている。医学用語や法律用語はラテン語が極めて頻繁に出て来ると言って良い。

 またフランス語はヨーロッパ言語の基本であり、西洋人の教養の一つとも言われている。

 ところが日本では小学生には日本語しか教えていない。これは一部教育者達が多言語を幼児期から教育すると頭が馬鹿になると考えているからであるが、少なくともイギリスのスーパーエリート校の小学校では多言語教育をして頭が馬鹿になったという報告は出ていないようである。

以上